結婚式の看護師付き添いの事例
1.はじめに
結婚式は一生に一度の晴れの舞台である。新郎・新婦にとって生涯の思い出となるばかりでなく、大切な人へ「ありがとう」の気持ちを伝える重要な場面でもある。披露宴の最後にご両親への手紙を朗読するシーンを見て思わずもらい泣きをしたことがある人も多いだろう。
ところが、その感動の場面に両親や祖父・祖母が病気であるという理由で出席できないことがある。回復する見込みがあれば式の日取りを延期することもできるだろうが、重い病気の場合にはどうしても出席をあきらめざるを得ない。
ご存知の通り日本は年々晩婚化が進んでいるし、超・高齢化社会と言われるようになって久しい。※
子供世代が晩婚になるほど、両親や祖父・祖母、そして結婚式に招待されるお客さまの年齢層も高くなっていくし、それに伴って病気や障害を抱える参列者の割合も高くなるだろう。
昔と比べて公共施設のバリアフリー化は進んでいる。結婚式場でも車イス用のスロープや障がい者用のトイレなど、ハード面はだいぶ整備されたと言える。しかしながら外出する時に使える介護サービスがまだまだ不足しているのが実情だ。
そんななか、少しずつではあるが病気や障害を抱えた出席者が安心して結婚式に参加できるように、看護師の付き添いサービスを利用するケースが増え始めている。
※2010年の平均初婚年齢は男性 30.5歳、女性 28.8歳。30年前(1980年)と比べて男性は2.7歳、女性は3.6歳も初婚年齢が高くなっている。また、2010年時点の65歳以上の人口が総人口に占める割合は23%に達している。
国立社会保障・人口問題研究所 人口統計資料集2012年版より
http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/Popular/Popular2012.asp?chap=0
2.新郎の母はパーキンソン病
Y氏夫妻は息子さんの結婚式を間近に控えていた。しかし奥様は重度のパーキンソン病を患っていた。普段はほとんど寝たきりの生活を送っており、介助なしではベッドから起き上がることすらできない。声も上手く出せないので、何かを伝えるときはうなりに近い声か、口を動かすか表情でなんとか意思を伝達していた。認知症もかなり進行しており、私たちがご自宅に伺った際も「結・・婚・・式・・・誰・・の?」とご主人に聞くなど、状況を認識する能力が低下しているようだった。
それでもご主人はどうしても奥様を式場に連れて行きたかった。もし式への参加が叶わなくてもせめて同じホテルで過ごしてもらいたい、と強く望んだ。
式の当日にご主人は新郎の父としてお客さまをもてなす立場になるので、奥様の世話だけに掛かりきりになる訳にはいかない。代わりに奥様をケアしてくれる介護サービスが必要だったが、それを探すのにだいぶ苦労されたらしい。最終的には介護保険の申請などで世話になっているケアマネジャーから、日曜日も営業している自費の訪問看護(私たちのこと)を紹介してもらったのだ。
K氏夫妻は式の前日から会場のホテルに宿泊する予定だった。「なるべく自宅と同じ環境で過ごさせたい」というご主人の思いがあり、自宅で普段使用している物品を可能な限り客室に持ち込むことにした。
持ち込んだ物品は、充電式吸引器、吸引用カテーテル、吸引用ボトル、薬用コップ。経管栄養用のボトル、シリンジ、カテーテル。清潔用品として防水シーツ、シーツ、毛布、バスタオル、洗顔タオル、着替え用パジャマ、綿棒、ガーゼ、手袋、口腔ケア用スポンジ、洗顔器、オムツ、洗濯物入れ、ゴミ袋などである。かなり大量の荷物であった。
とてもご主人一人で運ぶのは無理だったので、前日も看護師がホテルまで同行して物品搬入と荷ほどきをお手伝いすることにした。
3.式場の安全確認
荷ほどきを終えると看護師はお二人に退室のご挨拶をしてから、結婚式場の下見に向かった。結婚式に限らず外出・外泊の付添いを行なう際には、可能な限り事前の現地確認を行なっている。
なぜなら、結婚式場によっては屋外で写真撮影を行なうところがあるのだが庭園の砂利に車椅子のタイヤが取られて動けなくなったことや、結婚式が重なるシーズンには患者の気分が悪くなっても休憩させる予備の部屋が無くて慌てた、という苦い経験を過去にしているからである。
大抵の結婚式場は、それぞれの新郎・新婦に担当のウェディングプランナーを決めている。今回もその担当者に館内を案内してもらった。館の入り口、車椅子用のスロープ、エレベーターやトイレの場所、親族用の控え室、チャペル、写真撮影のスタジオ、披露宴会場、避難経路、救護室などを回って安全性を確認し、当日のシミュレーションを充分に立ててから本番に臨んだ。
。
4.息子さんや親族と久しぶりに対面
結婚式当日の朝、改めてK氏夫妻が宿泊している部屋へ出向いた。
昨晩は普段と違う部屋でもぐっすりと眠ることができて、体調は万全だということだった。看護師は朝のケアをご主人と共に始めた。すると新郎である息子さんが入室してきた。
息子さん「久しぶりだね、母さん。」
奥様「あ・・・あ・・・」
言葉にはならなかったが、奥様はうなずいて笑顔を見せていた。
当日、奥様は終始ご機嫌であった。礼服へ着替えている最中も、ラジオから流れてくる演歌に合わせて体をゆらし手拍子する様子も見受けられた。
服を着替えて親族の控え室に向かうと、今度は関西から来た甥夫婦だという二人が近づいてきた。
甥「姉ちゃん久しぶり。わかる?」
奥様「・・・・・・・」
甥「わからん?」
奥様「(うなづく)」
ご主人「甥の○○だよ。昔はよく家に来ていたじゃないか。」
甥「□□君(息子さん)立派になったね。お嫁さんにも会ったけどきれいかったよ。」
奥様「?・・・!・・・」奥様は不思議そうに首をかしげながら甥夫妻の顔をながめていた。
甥「3年くらい前に姉ちゃんが□□君の結婚が決まりそうだと言っていたから、楽しみにしてたよ。姉ちゃんにも逢えてよかったよ。」
奥様「あ・・・あ・・・」
話をしていくうちに、二人のことをだんだん思い出してきた様子であった。
5.挙式、披露宴の最中の様子
挙式の最中は車椅子に座ったまま、特に容態に変化もなく過ごされていた。看護師はチャペルの端で目立たぬように控えていて奥様の顔色を観察していた。
披露宴は新郎・新婦の手作り感に溢れていた。各座席にはそれぞれのお客さまに向けた手書きの手紙が置かれており、ご主人がそれを読み上げると奥様は涙を流しながら聴いていた。また、新郎・新婦が二人で編集したという映像が流れ、子供のころから成人するまで、そして二人が交際を始めてゴールインするまでの写真を見ながら大きな声で笑うなど感情を表現することができていた。
6.親と子の会話
披露宴も終わり控え室に戻ったK夫妻の元に、晴れて夫婦になった若い二人が私服に着替えて入室してきた。そして奥様が横たわるベッドの側まで近づいてそっと肩に手を置いた。
息子さん「お母さん、無事結婚式が終りました。」
奥様「あ・・り・・が・・と・・う・・」
嫁「お母さん、これからよろしくお願いします。」
奥様「・・・・(涙ぐんでいる)」
新婚の二人はK氏夫妻と15分ほど話をしていた。それから小学生時代に描いたという額縁に入った両親の似顔絵をプレゼントしてから退室された。
7.息子への思い、妻への思い
長い一日もほとんど終わりに近づいていた。看護師はご主人に業務終了報告書へのサインをお願いした。
サインを終えると、フゥーと息を吐いて、ご主人が話してくれた言葉は今でも忘れることができない。
「息子の妊娠が分かったと同時に、すぐに入院して絶対安静にしなさいと言われたんです。先生からは無事に生まれてくるかわからないけど可能性に賭けてみようと言われて。たった一人の息子を・・・そんな気持ちで二人で育ててきたんです・・・。」
完
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