自宅でリハビリテーションを続けて、劇的な回復を遂げた事例
- ■目 次
- 1.はじめに
- 2.パーキンソン症候群で入院したBさん
- 3.長期入院による廃用性症候群(はいようせいしょうこうぐん)
- 4.退院までの紆余曲折
- 5.訪問看護のケア内容
- 6.誰もが予想しなかった驚くべき回復
- 7.リハビリの成功要因とこれからの課題
- ■Bさんの看護目標
- 8.振り返り
1.はじめに
「本日、奥様がリハビリで歩けた姿を見て感動しました!私の方を向いてニヤリッと笑ったんです。周りの人が高齢だから無理だと思っていると回復のチャンスを逃してしまう、可能性は誰にでもあるのだ、と実感しました。」
ある日看護師からこのような報告を受けました。
多くの人は、病院が最も充実した医療が受けられる場所だ、と思っているのではないでしょうか。確かに症状が急に悪化して激しい症状が現れているときには病院で治療を受けるのが懸命でしょう。がんの手術や放射線治療などの高度医療は病院でなければ受けられませんし、設備や医療スタッフも充実しています。
けれども、一旦症状が安定し回復に向かう段階になれば、昔から住み慣れた家で家族に囲まれて、生活の音や匂いに刺激を受けながら暮らすことこそが良い治療になるのです。
今回は寝たきりだった患者さんが、自宅でリハビリテーションを続けて劇的な回復を遂げた事例をご紹介します。
2.パーキンソン症候群で入院したBさん
パーキンソン症候群とは、病気などによってパーキンソン病に似た症状が起こる状態のことを総称してこう呼びます。主なる症状は、振戦(ふるえ)、筋拘縮(筋肉がかたくなる)、寡動・無動(からだの動きが遅くなる)、姿勢反射障害・歩行障害(方向転換時にふらつく、狭い歩幅でちょこちょこ歩いたり、歩き出すと早足になって止まれなくなる)などの運動症状が挙げられます。
Bさんは、発症後もしばらくは自宅で療養をされていました。しかしながら、ある夏を境に症状が悪化。徐々に日常生活に支障が出てきたため自宅近くの総合病院に入院しました。
入院当初は口から食事を摂ることもできましたが、誤嚥性肺炎※1を繰り返し入院が長期化してしまいました。そして誤嚥を避けるために口からの食事は中止となり、胃ろう※2を造設しました。
さらに約4ヶ月間の入院期間で寝たきりに。寝返り介助、オムツ交換、清潔ケアなど日常生活の全てにサポートが必要となりました。
移動するときは寝かされたままストレッチャーで。意思の疎通は困難で、苦痛な時は顔をしかめて伝えるのがやっと、という状態で退院日を迎えました。
※ 1. ごえんせいはいえん。飲み込み機能の低下などによって、誤って細菌や唾液、逆流してきた胃液などが肺に入ってしまうことにより生じる肺炎。高齢者に多く発症し再発を繰り返す特徴がある。
※ 2.口から食事が摂れない患者に対し、お腹の皮膚を貫通し胃へ向けて人工的な孔を開ける。その孔から栄養チューブを挿入、固定する。そしてそのチューブから栄養を注入する栄養法。
3.長期入院による廃用性症候群(はいようせいしょうこうぐん)
Bさんは、入院する前は二階の自室から階段を降りて一階まで移動することができました。誰かが少し手伝えば入浴や食事も可能だったそうです。
しかし長期の入院中はほぼ寝たきりであったため、退院時には身体機能が大幅に低下していました。これは典型的な廃用性症候群という状態です。ベッドに寝て過ごし体を動かさない期間が続くと、足腰の筋力を含むあらゆる器官、臓器の機能が低下して二次的な健康問題が生じてしまうのです。
4.退院までの紆余曲折
退院までの期間にBさんの代理人を務める息子さんと何度かやり取りを行いましたが、ご連絡をいただく度に状況は二転三転していました。
「すぐにでも母を退院させたいから、当面の間だけ訪問看護をお願いしたい。」というのが最初のご依頼でした。
ところが、その一ヵ月後のお電話では「胃ろうから栄養を注入しても食道に逆流してしまう。今日、再びトライするが、もし無理なら最期を迎える環境として自宅を選びたい。24時間体制で看護師に看て欲しい。」息子さんは自宅でのお看取りを覚悟されているような口ぶりでした。
私たちは退院日が近いと思い準備を始めました。ところがその後は、何度かご連絡するも息子さんと音信不通になりました。
一体どうされているのか・・・と気になりながら、また一ヶ月ほど経ったころ、やっと息子さんからご連絡がありました。「母の状態が安定せずに、家族もバタバタしていた。最近、やっと点滴が取れた。胃ろうはうまくいっている。一度サービスの詳しい話を聞かせてもらいたい。」
お母様の容態が安定せず予想以上に入院が長引いたことで、ご家族も大変気を揉んだことだろうと思います。
ご自宅でお会いした息子さんは「母には、以前のように、少しでも動けるようになって欲しい。」と望まれていました。一方で息子さんは日中お仕事、息子さんの奥さんも持病がありBさんの介護に携わることが難しいというのが悩みでした。
5.訪問看護のケア内容
Bさんの状態とご家族の介護力を考えた上で、看護師の訪問は週三回、24時間で始めることになりました。
主なケア内容としては胃ろう管理、オムツ交換、更衣、口腔ケア、吸引、内服管理、体位変換、リハビリテーションです。また、ご家族の負担を少しでも軽くするために洗濯、ごみ出し、掃除、シーツ交換などの生活面のお手伝いも行なうことにしました。
当社以外にも訪問医、訪問リハビリテーション、訪問入浴サービス、福祉用具レンタル会社も連携してBさんの自宅療養を支えることになりました。
6.誰もが予想しなかった驚くべき回復
退院後の一週間は、自分の唾液でもむせ込むほど嚥下機能(えんげ:飲み込み機能)の低下が見られました。たんの量も多かったため一日に何度も吸引が必要でした。
自宅療養に慣れてきた半月後ごろから、嚥下と日常生活動作の回復に向けたリハビリテーションの準備を始めました。運動に必要なカロリーや水分の摂取量を徐々に増やしていったのです。また、家族や看護スタッフが話しかけを行なったり、テレビの音声や音楽を流すなど、日常生活の中で適度な刺激を与えるようにしました。
二ヵ月が経過したころ、体調が良い日には口からアイスクリームを食べたり、誰かに支えられながらソファーに座ってテレビが見られるまでになりました。
五ヶ月後には、咳反射(誤嚥を起こしそうになった時に咳き込んで異物を排除する反応)も安定して起こるようになりました。これで誤嚥を起こすリスクも低下しました。
七ヵ月後、自宅の階段に昇降機が設置されました。二階の自室から一階への行き来が容易になったことでリビングにて家族と過ごす時間が増えました。このことが回復への意欲を高める好循環につながったと思います。また、この頃には時折声を発するようになり、自分で歯ブラシをするなど自発的な動作が見られるようになりました。
八ヵ月後が経過したころには、介助されながら歩いたり表情で感情を表わせるようになっていました。
7.リハビリの成功要因とこれからの課題
寝たきりだったBさんがこれほどまでに回復できたのは"家"という環境がリハビリに取り組む意欲に好影響を与えたのは間違いないことだと思います。
その以外にも、技術的にいくつかの要因があると考えています。
まず最初に、主治医、理学療法士、言語聴覚士、看護師が密接に連携を取りながら、それぞれの専門性を生かしてケアに取り組めたことが挙げられます。
次に、看護師がBさんの日々の栄養・水分摂取状況、尿量などをじっくりと時間かけて観察し、主治医と頻繁な報告・相談を続けていたことが挙げられます。それによってリハビリテーションに臨むための体調管理がしっかりと行なえたのです。
一方で、予想を超えた回復ぶりが招いた思わぬ問題もありました。
最初は「家で過ごすことができれば、それだけでもいい」と考えていた家族でしたが、Bさんの目覚しい回復ぶりを目の当たりにして、もっと回復するのではないかと期待感を高めていきました。
とはいえ、Bさんはご高齢であり常に急変してしまうリスクがあります。無理をさせないように慎重にリハビリを進めなければなりません。家族にはこのことをよく理解してもらう必要がありました。
もしご家族の期待とケアスタッフの考えが食い違っていると、せっかくBさんの療養は良い方向に向っているのにも関わらず、ご家族に不満を抱かせてしまうかもしれません。
そこで、家族とお話合いの機会を設けてお母様の看護目標を一緒に考えたのです。
次に記載するのはその話し合いでご家族と立てた看護目標です。
■Bさんの看護目標
< 長期の目標 >
1.毎日、安全で穏やかな時間を過ごすことができる
2.1階でご家族との時間を過ごすことができる
3.お庭で外の空気に触れることが出来る
4.ご自身の思いを言葉、文字、絵などで表出できる
< 中期の目標 >
食事・飲み込み
1.毎日むせこみなく、アイスクリームを召し上がることができる
2.アイスクリーム以外のものを、召し上がることができる
3.唾液を飲み込むことができ、一週間を通して吸引の回数が減る
排泄
定期的な排便がみられる
トイレorポータブルトイレで1日1回排泄ができる
リハビリ
1.寝ながら自力でひざを曲げることが出来る
2.介助で立つことが出来る
3.ベッド上おしりを浮かすことが出来る
8.振り返り
Bさんのように寝たきりで、もはや回復は不可能に思えるケースでも、自宅に戻ってみると驚くほどの回復を遂げることがあります。そのような時に私たちは「人間の生命力」や、それを引き出す「家の力」、「家族の力」を実感させられます。
最後に、再び冒頭の看護師の言葉のつづきです。
「今回、奥様のケアを通して高齢だから無理をする必要はない、という私の固定概念が呆気なく崩れました。もちろんリスクを見極める事が大前提ですが、看護師が頭から高齢だからという理由で積極的なアプローチを怠ると、回復チャンスはなくなる。と実感しました。可能性は誰にでもあるのだと学びました。これだから訪問看護のお仕事は面白くて辞められませんよね。」
完
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