訪問介護について About Home Nursing

ホーム職員だけでは不足するケアを、自費のサービスで補った事例詳細

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1.はじめに

 わたしは「不治の病」である。このことが難病患者を精神的に苦しめます。

 残念ながら現在の医療水準をもってしても、まだ有効な治療方法が確立していない病気があります。
 それでも、患者さんの苦しみが少しでも和らぐことを願い、訪問看護師はできる限りのケアを行なっています。

 第1回の事例として、「多系統萎縮症」という難病の患者さんと訪問看護師の心の交流のお話を取り上げます。
 この事例の重要なテーマは、「身体面だけでなく精神面を看護するということの重要性」です。

2.難病とは

 (1)原因不明、治療方針未確定であり、かつ、後遺症を残す恐れが少なくない疾病
 (2)経過が慢性にわたり、単に経済的な問題のみならず介護等に著しく人手を要すために家族の負担が重く、また精神的にも負担の大きい疾病
と定義される。(昭和47年 難病対策要綱)

3.多系統萎縮症とはどんな病気か

 はじめに多系統萎縮症という病気についてざっとまとめておきます。
 多系統萎縮症とは、全身の筋肉が徐々に硬くこわばり動作が遅くなっていく進行性の難病です。症状が悪化していくにつれて、手先の細かい作業ができなくなる、話しにくくなる、歩行が困難になり転びやすくなる、など日常生活に支障をきたすようになります。失禁、便秘などの排泄障害や食べ物や飲み物を飲み込む機能が低下する嚥下(えんげ)障害が生じることもあります。また、いびきや睡眠時の無呼吸発作など重大な症状の発生も知られています。
 原因ははっきりと分かっておらず、現在のところ有効な治療方法は見つかっていません。発病から5年ほどで車椅子使用となり、10年ほどで寝たきり状態から亡くなることが多いといわれています。

4.患者さんと初めての面会

「綺麗なお顔の人だな」それがKさんの最初の印象でした。
 年齢は70歳を越えていましたが、お顔にシワがほとんどなくて肌にはつやがありました。化粧はしていませんが、きれいに整った眉、すっと通った鼻筋。髪には白髪が混ざっていますが小奇麗にカットされていました。
 ご家族がこれまで丁寧にお世話をされてきたことを感じ取ることができました。

 しかし症状はかなり進行しており病院のベッドで寝たきりの状態でした。私たちがご家族とお話している間、Kさんは仰向けになったまま全く身動きをしません。体の動きでできることは、右手をわずかに上げられることと、まばたきで合図をすることくらいです。呼吸困難を改善するために気管切開の手術を受け、その代償として声も失っていました。
 一方で視力や聴力は正常のままです。思考能力も健常者と変わりません。それなのに自分の思いを表現することができない、これが多系統萎縮症に特有の問題点なのです。

5.家族からのご相談

 Kさんが多系統萎縮症と診断されたのは2年ほど前のこと。診断後もしばらく自宅で娘さん夫婦が介護を行なっていました。
 しかしながら、病気が進行するにつれて介護の負担が増していきました。ご夫婦共にお勤めの身では介護を続けることは難しかったのです。
 そこで24時間、介護職員が常駐している有料老人ホームに入居するなら安心だと考えたのです。

6.老人ホームに居られなくなる

 しかしながら、老人ホームへの入居が問題を完全に解決したわけではありませんでした。老人ホームに住んでいる間にも症状は悪化していきました。
 あるとき、老人ホーム側から「以前よりも症状が重くなっており、これ以上進行するとホームの介護職員だけでは充分なケアができなくなるかも知れない。」と言われてしまったのです。
 すでにKさんは寝たきりになっていました。一日3回の経管栄養(胃ろう)、気管切開口からのたん吸引、摘便、拘縮予防のケアや気管チューブ交換、リハビリ、床ずれ予防の体位変換、オムツ交換、洗顔・入浴・清潔ケア、更衣など、常に誰かのサポートを受けなければ生活ができません。
 老人ホームは限られた数の職員で大勢の入居者のお世話をします。24H体制で介護職員が常駐しているとは言っても、一人の入居者のためだけに頻繁に見回りをしたり高度な医療ケアを行なうことは難しいのです。 「このままでは退去をお願いしなければならないが・・・。」老人ホーム側としても決してそれを望んでいるわけではありませんでした。
 「週に何度かお母様のケアを手伝っていただくことはできますか?」初めに提案された入居継続の条件は、他県に住むご家族にとって大きな負担となるものでした。
 そこで、さらに老人ホーム側と相談を重ねて出した結論が、外部の訪問看護サービスを利用する、ということだったのです。特に夕方は食事の配膳があって職員は忙しく、夜になると当直の職員以外は帰宅してしまうためケアが手薄になってしまいます。訪問看護にはその時間帯の人手不足を補ってもらうことを期待したのでした。

 こうして私たちは、異例の有料老人ホーム中のマンツーマン看護を始めることになりました。

7.精神面のケアが必要な母

 Kさんのケアに対して、ご家族が特に要望されていたのは精神面のケアでした。
「いつも側にいる、わたしだけの看護師が欲しい。というのが母の願いです。」とご家族は言いました。肉体的なケアを行なうこと以上にお母様に寄り添って精神面をケアすることを重視していたです。

 Kさんにとって声を出せなくなったことが強いストレスになっていました。
 何か言いたいことがあるときも、わずかに動く右手を上げるか、まばたきで合図をするしかできないので、多くを伝えることは難しいのです。
 そんなKさんのために家族は「電子文字盤」を用意していました。

(意志を伝達する道具・電子文字盤)

 電子文字盤は発声や筆談ができない患者さんのための特別な意思伝達装置です。
 見た目は幼いころ「あいうえお」を覚えるときに使った五十音表に似ています。文字盤の本体は手になじむ乳白色のプラスティック素材でできていて、形は角に丸みを帯びた長方形、ちょうどA4ノートくらいの大きさです。厚みは女性のファッション雑誌くらいあります。
 文字盤には五十音以外にも1から10までの数字が書かれてあり、文字盤の上部には選んだ文字を表示させるための液晶画面が付いています。また、本体から伸びた長いコードの先端には手のひらサイズの四角いスイッチが繋がっていて、そのスイッチを押して文字を選択します。
 電源を入れて装置を作動させると、まず最初に文字盤の「あ行:あいうえお」が点滅します。しばらくすると点滅が「か行」に移ります。その次は「さ行」という具合に点滅する文字列が順番に横に移っていきます。例えば「こんにちは」と言いたいときには、「か行」が点滅している間に手元のスイッチを一回押します。それで「か行」を選択したことになります。すると今度は点滅の動きが横方向から縦方向に切り替わり「か」、「き」、「く」、「け」、「こ」という順番で上から下に一文字ずつ点滅します。このときに「こ」の位置でもう一度スイッチを押すと液晶画面に選択した「こ」が表示されます。この要領で次々と文字を選択して文章を作っていきます。

 ただし、声が出せず手も動かない患者さんと電子文字盤を使って会話をすることは、話す方ももちろんですが聴く方にも忍耐が必要になります。
「おちゃください」
 こんな簡単なことを伝えるだけでも5分もかかってしまうのです。
 ですから、いつも忙しいホーム職員にはKさんとの会話に付き合うだけの余裕がありません。ゆっくり話せる相手がいなくてKさんは寂しい思いをされていたそうです。

 看護師がケアに入ったのは週3回、夕方の4時間です。看護師はKさん一人のケアに集中できますから、ケアの合間に電子文字盤を使ってお話をする余裕がありました。

 最初のころは看護師が話しかけて、Kさんが短い文で答えるだけのやり取りしかできませんでした。
「マッサージの力加減はどうですか?」
 よ・・・い
「エアマットの感想はいかがですか?」
 し・・ず・・か、よ・・い

 だんだんと文字盤の操作に慣れてくるとKさんのほうから積極的にお話するようになっていきました。
 Kさんの手が上がると看護師はすかさず電子文字盤を用意します。
 お・る・ご・ー・る
 ひざの上にオルゴールを置くと、
 お・せ・る・か(押せるか)や・っ・て・み・る
 ぎごちない指使いでしばらくオルゴールのスイッチをいじっていましたが、ついにポロリン、と鉄琴の音が鳴って素敵な曲を奏で始めました。

 こうしてKさんは看護師との会話をとても楽しみにするようになりました。
 あ・な・た・は・ど・く・し・ん・?
 な・ん・び・ょ・う・の・こ・ど・も・を・す・く・う(救う)・か・つ・ど・う・の・か・い(会)あ・る。い・ん・た・ー・ね・っ・と

 看護師はKさんとの会話やその日の様子を連絡ノートに記録しました。
 そのノートは看護師と交互にお手伝いに来ていたご家族への報告も兼ねていたのです。ご家族は連絡ノートを読んで感想などを書き残してくれました。

 ご家族の方へ(看護師からの報告)
 本日は電子文字盤でたくさん会話をさせていただきました。
 操作もだいぶ慣れてきたようです。
 看護師のケア時間の終わりに近づくと帰るのを引き止めるように、また会話を始めようとされます。
 まだ、まばたきのタイミングや文字盤を押すタイミングが少し遅れることがあります。
 お尋ねすると、したくても出来ない時がある。との事です。
 顔のマッサージ、手のマッサージを念入りにさせていただきました。

 看護師さんへ(ご家族からの返答)
 行き届いたケアをしていただいたようで、感謝です。
 今日は10時ごろ来ましたが、母の表情もおだやかで落ち着いていました。
 普段はあまり人に甘える人ではないのに、そういう行動を取るのは、それだけ心を許しているということだと思います。引き続きよろしくおねがいいたします。
 追伸)チェアの横のところにボディソープ、ローション、爪切りを購入し置いておきます。お使いください。

8.進行する疾患への対応

 ところで、看護師はどんどん変化していく患者さんの状態に的確に対応していかなくてはなりません。毎日の状態観察や、今後の容態変化を予測すること。そして、そのときどきに必要なケアをすばやく盛り込んでいくことが必要でした。

(タッチセンター式ナースコールの導入)

 訪問看護が始まってまだ5日目の晩、看護師がご挨拶をするためにお部屋に入ると、「今日、呼吸困難があった。(介護職員を呼ぶ)ナースコールが押せず、20分間くらい苦しい思いをした。」との訴えがありました。そのことを急いでご家族やホーム職員に相談し、軽く触れただけでも反応するタッチセンサー式のナースコールを導入することにしました。

(訪問歯科の導入、口腔マッサージを開始)

 2週間が経過したころには、口の周りの筋肉が硬く縮まったことが原因で、歯を圧迫して歯が倒れこんでいる状態が観察されました。そのため歯科医の訪問を手配しました。さらに看護師は歯科医から指導を受けて口腔マッサージを始めました。

(褥瘡(じょくそう)のケア)

 2ヶ月後には、お尻の部分が赤くなっているのが観察されました。寝たきりで長時間同じ姿勢のままでいると体の一点に体重が集中して血行を阻害します。ひどいケースではその部位の組織が壊死してしまうこともあります。これを「褥瘡(じょくそう)」と呼びます。褥瘡は痛みを伴いますし一度出来てしまうと高齢者の場合はなかなか治りません。
 そこで褥瘡の予防のために電動エアマットを導入しました。2時間おきに自動で体の向きを変え体重がかかる位置をずらしてくれる優れものです。

(医療用酸素を開始)

 5ヶ月が経過したころ、今度は酸素飽和度(血中のヘモグロビンと酸素が結合している割合。)が頻繁に低下して安定しないという事態になりました。酸素飽和度が低下すると生命の維持に必要な酸素が体全体に行き渡らなくなります。
 医師によると、多系統萎縮症の場合は一般的に呼吸筋がやられることはなく呼吸に障害が出ることはない。酸素飽和度が低下した原因ははっきりと分からないが、ひとまず医療用酸素の吸入を開始してしばらく経過を観察しよう、ということになりました。

(拘縮予防の全身マッサージ)

 6ヶ月が経過したころには訪問マッサージが導入されました。手足の拘縮(こうしゅく:筋肉が硬くこわばること)が進み痛みを訴えることが多くなっていたからです。マッサージの先生が来るのは週3回だったので、それ以外の日は看護師がマッサージを行うことにしました。「マッサージは痛みが和らぐ」と好評でした。

 私たちがKさんのケアをしていたのは約10ヶ月間です。その間にも症状は確実に進行していました。

9.最期のとき

 そして、とうとうその時はやって来ました。
 ある朝のこと。老人ホームの職員から電話がかかってきました。
「残念ながら、今朝、ホームの職員がKさんのお部屋を見回りしたときには、既に息を引き取っておられました。」
「えっ!?このあいだ行ったときに変わった様子はなかったのに・・・。」電話を受けた看護師はショックを隠せませんでした。
 しばらく安定した状態が続いたので、こんな形で最期を迎えるとは誰も予想していませんでした。

 葬儀の日、棺に納められたKさんは最初にお会いしたときと変わらない綺麗な顔をしていていました。もし話しかけたらいつもにようにまばたきをくれるのではないか、そう思えました。
 そしてKさんの言葉を書きとめた連絡ノートは数冊になりました。そのノートには、長い時間をかけながらもKさんが一生懸命に電子文字盤で伝えてくれた一言一言が大切に残されています。

 <参考>
 公益財団法人 難病医学研究財団/難病情報センター http://www.nanbyou.or.jp/

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