早朝・夜間・深夜の長時間看護の事例
1.はじめに
夜間でも看護を必要としている患者さんがいる。
例えば、がんの終末期の患者さんは睡眠が不規則になり昼夜が逆転してしまうことがある。また、手術後は一時的に情緒不安定になって夜も暴れたり落ちつかなくなる人もいる。
就寝中の医療面の安全や精神的な安心感を得たい、というのが夜間にも看護が必要とされる理由である。
2.末期がんのTさん
Tさんは二年前にがんの手術を受けた。退院後も抗がん剤治療を受けていたが、再発し別の臓器にも転移していることが明らかになった。それが分かった時点で余命は2ヶ月だった。医師の勧めもあり仕事を辞めて自宅療養に入っていた。
私たちが訪問看護を始めるにあたって、主治医から受けた指示は次のようなことであった。
・ がんの痛みは鎮痛剤でコントロールされているが、今後はそれも難しくなっていくことが予想される。強い痛みが現れた場合は適宜、看護師の判断で鎮痛剤を投与すること。
・ 現在はまだ短い距離なら自力歩行が可能でトイレや入浴も自分で行なうことが出来るものの、体力は低下してきている。一日のうちベッドに横たわっている時間が長い。
・ 一人暮らしであるため特に夜間は不安が強くなりやすく精神面のサポートが必要である。
3.ご本人やご家族の希望
初めてお会いしたときのTさんは落ち着いた表情をされていた。余命告知を冷静に受け止められているようだった。抗がん剤治療の間も再発の可能性があることを内心、覚悟していたそうだ。
「残りの人生は自宅で好きなように過ごしたい、そしてできるだけ自分の事は自分でやろうと思う」とTさんははっきりとした口調で語った。
Tさんには二人の息子さんがいた。どちらもご家庭を持って実家から独立して暮らしていた。
手術の後、Tさんが自宅で療養を始めたころは二人の息子さんが交代で実家に通ってお父様の看病を行なっていたそうだ。兄弟以外にも公的な保険サービスで週3回の訪問看護と毎日2回の訪問介護がTさんのケアを行っていた。
しかし、トイレに行くたびにお父様の足元がふら付くようになり、痛みで夜も寝れない日が増えてくると、自分達(息子さん達)が帰宅した後にお父様を夜中一人きりにしてしまうことが次第に心配になってきた。
そこで、それまでの介護体制に加えてプライベート看護サービスを利用し、夜中も常時見守るスタッフがいる環境を整えようと考えたのだ。
「父の残りの時間が長くないことは分かっています。父が望むとおり最期の瞬間まで自宅で過ごして欲しいと思います。できるだけゆったりとした気分で日々を過ごせるよう、側に付いてあげて下さい」と息子さん達は言った。
4.体温調節機能の低下
私たちがTさんの訪問看護を始めた時期は毎日暑い日が続いていた。
Tさんは冷房が大の苦手であった。ところがTさんの身体はすでに体温調整がうまく出来なくなっていた。「暑い」と訴えるときにはうちわでひたすら扇ぎ、冷やしたタオルを頭や手、足に乗せて体温を下げた。そのひとときだけは「気持ちいいね」と喜んでくれるのだが、しばらく経つと、今度は「寒い、寒い」と悪寒を訴え始めるのだ。そこで急いで掛け物を2枚重ねてTさんの体を暖めた。そんな具合に看護師がこまめに体温を調節しなくてはならなかった。
5.昼夜が逆転した生活
がんによる痛みは昼夜を問わずTさんを苦しめていた。
睡眠導入剤を服薬してベッドに入っても、夜半に「お腹が痛い!」「何とかして!」と叫んで目を覚ますことがあった。鎮痛剤を飲ませて痛みが引くと再び寝息を立て始めるのだが、少し経つとまた「痛い」と訴える。この繰り返しで結局朝を迎えてしまう日もあった。
睡眠不足の影響もあってTさんは時々錯覚を起こした。
「ここはどこ?誰の家?部屋のレイアウトを変えた?」などと繰り返し、やや興奮気味になった。
そのようなときは「大丈夫ですよ」と落ち着かせるように声をかけて、眠るまで手を握っていた。
それでも眠れないときにはお好きなクラッシックをかけてマッサージを行なった。看護師が足、手、頭部へと軽くさするように揉んでいくと「気持ちいい。この時だけは辛いことが忘れられるよ。」と喜んでくれた。
下の表にTさんのある日の様子を書き出してみた。
看護師は夜間もTさんから目を離すことができなかった。翌朝ホームヘルパーと交代する時刻まで一瞬も気が抜けず緊張の日々が続いた。
。
<ある日の看護記録より:早朝・夜間・深夜>
20:00 | 看護師入室・ご挨拶 |
21:00 | バイタル・血糖測定、足浴・下肢マッサージ。 |
22:00 | 眠そうだがベッド上でTVを見て過ごされる。 |
23:00 | 眠剤にトロミ付け。摂取後に痰がらみ出現。吸引にて痰を除去。 |
0:00 | 「お腹が痛い」鎮痛剤をアイスに混ぜ服薬、アロマ付けたタオルを顔に当て入眠。 |
1:00 | 浅眠、中途覚醒。疼痛の訴えあり坐薬挿入。やや興奮ぎみ。 |
2:00 | 「側に居ますよ」「大丈夫ですよ」と声かけ、背中をさすると寝息を立て始める。 |
3:00 | 断眠、時々覚醒「痛い。眠れない」。背部・腰部マッサージ中に入眠。 |
4:00 | 仙骨部の発赤「痛い」。エアマットの硬さをソフトに調整。 |
5:00 | 「トイレ行きたい」トイレ誘導。自尿あり。 |
6:00 | ベッド上でゴロゴロと何度も寝返りを打つ。寝苦しそう。 |
7:00 | 覚醒、音楽をかけ足裏マッサージ。窓換気。トロミ付き水分摂取、むせ込み無し。 |
8:00 | 髭剃り、整髪、パインジュース・水5口摂取。バイタル・血糖測定。 |
9:00 | 頭マッサージ、「マッサージは眠くなるね。」入眠。訪問看護ステーションへ申し送り。 |
6.ご自宅で迎えた最期
ある日、Tさんは痛みを訴え続けついに緊急入院となった。
数日後にはTさんの強い希望があって家に戻ったが、医師は「もって数日でしょう。家でお看取りの準備をしてください。」と言った。
それから2日間は看護師が交代で、24時間体制で常駐した。Tさんはもはや起き上がることができず、口をきくのも辛そうだった。状態は徐々に低下していった。
つぶさに変化を観察していた看護師は「そろそろだと思います。皆さま早めにお集りください。」とご家族に連絡を取った。
駆けつけてきた息子さんにTさんは何かを言おうとしたがうまく聞き取れなかった。息子さんは自分の耳がTさんの口にくっつくほどに顔を近づけた。看護師には聞こえなかったが、Tさんは何かを伝えることができたらしく息子さんの目には涙が光っていた。
そしてご家族が見守る中でTさんは息を引き取った。
看護師がTさんの顔に死化粧を施している最中、息子さんは側を離れずにじっとお父様の顔を覗き込んでいた。そしてくちびるの紅の色を確認すると「だんだん穏やかな表情になってきたよ。」と安堵したように言った。
Tさんの最期を自宅で迎えさせてられて本当に良かった、と思った瞬間であった。
完
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